#1.隣に魔女


「知ってるか?13番の魔女が死んだってよ」

「え?13番の魔女って・・・、あの魔女たちのトップに居る奴?嘘、死んだの?」

「あー、知ってる知ってる。アレだろ?自殺。魔女魔女言われてるけど、基本は人間だからな。なんだっけ、手首切って死んだんだよな?・・・なんでまたそんなことを。生きてたってなんの不自由もないだろうに」

「・・・じゃあ、何?この世界には、5人しかいなくなっちまったのか、魔女は?」

「ああ。2番、9番、11番、15番、そんでいてもいなくていい何もしない14番も残ったんだろ?」

14なんてまだいるのか。なんだかなあ、なんで必要な奴が死んで、いらない奴が残るんだか。13って嫌な数字ついてるけど、いい奴だったよな。本当に13番は”いい魔女”だった。14番に比べるまでもない。魔女じゃなくて女神様だったな、13番は」

「けどよ、次の魔女のトップってその14番がなるんだろ?」

「はあ・・・?なんだよそれ、本当か!?」

「なんでも、13番が死ぬ前にそう薦めたらしい。よくわかんねえけど、仲は良かったらしいからな」

「でも14が一番上って・・・。大丈夫なのか?今まで築いていた態勢が大きく崩れるんじゃないか?・・・幾ら仲が良かったといっても、14番をてっぺんに立たせるのはまずいだろ。幾ら13番が勧めたっつっても・・・」

「・・・まあ、俺らの生活リズムが壊されることは確実だろうな」

「マジかよ。これまでみてえにちゃんとした生活できねえの・・・?」

*

この国には15人の魔女がいた。

大きなこの国を支えているといえる、魔女。魔女たちは自分たちの国を守るために、民のために生きている。

13番】の魔女、リギはそんな15人の頂点に立つ、まさに天才といえる魔女だった。民と国を第一に思い、全ての行動を他のために尽くした、今時いない真面目すぎる魔女。そして、それに相当する強さを兼ね備えていた。そんな彼女を嫌がる者などいるはずもなく、魔女といえばリギと思うほどに、彼女は国に定着していった。

「神に愛され、その力を使うことを許された」とまで謳われた魔女は、ある日ぱったりと死んでしまった。魔女にしては簡単すぎる、手首をカッターで切って事切れていた。理由など、本人が死んだ今になって分かるはずもなかった。

偉大なる魔女の死に、国は大きく揺れ動いた。

彼女の死だけならまだしも。

彼女の死体の横には、綺麗な字で「自分の後は、セトに継がせてほしい」と書き残された紙が一枚置いてあった。

セト。リギとは似ても似つかぬ、まさに”邪魔者”の【14番】の魔女。

何より民の為国の為に働こうとしない。いつも自由気ままに生きて、勝手に騒動を起こしている。かけるのは迷惑ばかりでリギとはまさに月とすっぽん。そんなセトを国から追い出したいと非難の声が集中したのは言うまでもない。

それでもセトがこの国に残っていたのは、リギのおかげといってもよかった。

リギとセトは仲がよかった。それだけのこと。

だから出て行けと言われて出て行こうとしたセトをリギが引き止めてもおかしくはない。それでもただ仲が良かっただけで、魔女の一番上に邪魔者扱いされている者を置くのはどうであろう。

今の魔女の数は、セトを入れて6人。2番、5番、7番、9番、11番、15番。

他の10人は、リギみたいに死んだか、或いは殺されたかの双方。この国の魔女は、15番目が現れて以来ぱったり現れなくなってしまった。なので、魔女は減る一方。国のお偉いさんは魔女がいなくなったときの対処なんて考えている。

当のセトは、地位が変わったにもかかわらず、相変わらず荒い生活を送っている。

彼女の狂犬っぷりに頭を悩ませているのはお偉いさんだけではなく、国民もまた、同じだった。


*

「・・・おい見ろ、無能魔女だ」

その国でそこそこ繁栄している都市の大きな公園に、14番のセトの姿があった。人々の視線が彼女に集まる。セトは紺色のパーカーに灰色のジーパンと、一目見たら魔女だと分からないくらい地味な格好だった。胸元には、人の横顔をあしらった銀色のネックレス。髪は首筋辺りで無造作に切られている。その髪は茶色で、毛先にいくにつれて金色になっている。魔女は皆、毛先の髪の色が変わっているので、見た目が地味でも髪を見て人は判断する。

明らかに頭の悪そうな男たちは、そんなセトを指差し軽く笑っていた。

「はは、聞こえるだろ」

「アイツさあ、まあた他人といざこざを起こしたらしいぜ。魔女のトップが何をやってるんだか。リギを見習えっての」

「ちゃんと俺たち助けてくれないとねえ。ははっ」

大声で笑う男たち。セトは気づいていないのか、ぼーっと蝶々を目で追っていた。

「つうかさ、アイツ自覚あるの?いや、トップとしてのじゃなくって、役立たずだっつうことに」

「とっとと失せればいいのに」

「この際死んだリギの言うことを聞かなくて良いだろ。とっとと変えちまおうぜ。ニケ辺りでどうだ」

「いやいや、ニユだろ、そこは。あんなのより全然役に立つだろ?」

調子に乗った男たちの声も次第に大きくなる。彼らの目には見えないが、微かにセトの眉が動いた。

「どちらにしても、あいつはマジでいらねえ」

それが止めだった。

男たちの目に、先ほどまで蝶々を追いかけていたセトが迫ってきていた。

「!」

「まずっ」

セトは女とは思えない形相で、最後に自分をけなした男にのしかかる。周りがざわめくが、セトは気にしない。すぐに拳を作り上げ、男をにらみつけた。

「さっきから聞こえてるんだよ、お前ら。一体いつから国民様は魔女より偉くなったんだ。ヒトをけなすことしかできないクソ犬は黙って尻尾を振ってろ。役立たずに役立たずと言われる筋合いは、あたしにはない」

男はドスの効いたセトの声に一瞬怯んだが、それよりも口が走ってしまった。

「なっ・・・、なんだよ、文句あるのか?文句あるなら行動で示しやがれ。ソレを言える相応のことをしてみろよ邪魔者が」

そういった男の顔面に、容赦ないセトの拳が叩き込まれる。周りが騒いだのも当然だった。

「わ、てめっ!」

「こいつ、またやりやがった!」

彼の仲間は殴られ続ける男を助けようとセトを押さえつけようとした。

「邪魔だ、どけ!お前らもやられたいのか」

セトは振り向きざまに背後に回った男を殴り飛ばした。

「なにしやがる!」

「お前、魔女だからって調子ノンなよ!うんざりしてんだこっちは!」

「リギの親友ってだけで生き永らえてきた奴が!お前、俺たちのためになにかしたかよ!?」

「誰がお前らの為なんかに生きるか。私らはお前らみたいな金魚の糞を守るなんて、一言もいってない、勘違いをするな!」

「んだと、てめえいい加減にしろ!」

「んなことしてていいのかよ屑が!おい、目付け役から何か言われてねえのか!?」

「忠勝のいったことなんて知るかよ。・・・おいお前ら、あたしが手加減すると思うなよ。二度とその口きけないようにしてやる」


*

「セトさん、セトさんッ!・・・ったく!なんですぐにいなくなんだよあのヒトはっ!俺の身にもなれっての・・・!」

公園付近で魔女を呼ぶスーツ姿の男がいた。

彼は本多 雅文(ホンダ マサフミ)。セトのお目付け役のような存在だ。

魔女には必ず、一人のお目付け役が付くことになっている。彼女たちの行動や者を全て記録したり、余計なことをしないよう常に見張ったりとぎゅうぎゅう詰めな仕事だ。セトのお目付け役は本多。勿論、彼が望んでなったわけではない。魔女の補佐候補の仲間を騙し騙され現在に至っている。つまりは、候補仲間が邪魔をし、セトの候補に残ってしまったのだ。

いままでにセトのお目付け役は、面白いくらいにコロコロ変わっていた。1ヶ月続けばいいほう、悪ければ1週間もたない。

しかし本多はそんなすぐ仕事をやめられる元お目付け役たちより生活難であり、やめたくてもやめられない。経済面で安定してきたら辞めるつもりだが、それはまだ全く先のようだ。

本多は頭を掻きながら辺りを見回す。先ほどまでセトに今後の話をしていたのだが、すぐに何処かへ飛んでいってしまった。

「あーっ、こっちだってあんな話するの面倒だってのに、自分だけ逃げるなっての・・・」

そんなことをぼやきながら走っていると、公園のほうに目がいった。

「・・・?」

若者と女がなにやら殴り合いをしている。その女の姿を見るなり、本多は顔を真っ青にして駆け出した。あんなことをする奴なんて、国中探しても一人しか居ない。

「セッ、セトさん!?何やってんすか、おい!」

「もう一回言ってみろ。今度はその鼻へし折ってやる」魔女セトの声が本多の耳に入る。本多は足を速めた。こんなところで喧嘩をされては困るのだ。

「お前も上から見るのを大概にしろ!お前はヒトを見下せるほどの魔女じゃねえだろがッ!」

「他人に寄り添ってしか生きていけない寄生虫が偉そうに言うな

「ちょ、あ、あの!ちょっと!やめて、やめて下さいって!ほんと、落ち着いてください!」

本多は未だに殴りあうセトと男たちの間に割り込み、身を挺して止めようとした。セトたちの間に入ると、丁度セトの拳と若者の拳が本多に直撃する。

「い、痛いッ」

セトは完全にキレており、うずくまる本多を知ってかしらずか足で思い切り踏むと再び若者に襲い掛かった。若者も負けじと対抗する。本多は丁度彼らの真ん中にいたもんだから、殴られ蹴られと酷いものだ。

「だ、だからっ、あの、痛ッ。こ、こんなことしてないでっ、あだだ。ッそんなことしてっと最終的にどやされんのは俺なんだよっ!」

本多の叫びも虚しく、小さな争いは見ていた人が通報し到着した警察らによって幕を閉じた。


*

国に設置された魔女総合支部。魔女に関わるものなどを取り締まっている組織だ。

凹型をした支部は、奥に行くほどに階級が高くなっている。魔女たちは、その一番奥に匹敵するが、それはほとんど効果を持っていない。その後ろに構えている関係者が、支部での魔女の力を抑えているからだ。魔女たちもそんな支部を嫌っているのか、用もなしに支部に立ち寄ったりしない。定期的に行われる「正義会議」は、中央で行われる。

正義会議とは、魔女と人間が正面を持って今後の方針などの話し合いが出来る唯一の場で、魔女は全員参加しなければならない。

もっとも、それはあくまで表向き。

普段魔女をああだこうだ言えない政府の役人たちにとっては格好の場だった。もともと、ソレが目的で作ったのかもしれない。

正義会議は名前だけの、悪口だけを言う子供じみたものであった。

魔女総合支部にある部屋の一角で、ボロボロになった本多と無傷のセトが入ってきた。

本多は医療箱を取り出し、テレビのニュース速報を見ながら真っ赤になった傷口に消毒液を当てていた。あんな喧嘩に巻き込まれたものだから、折角のスーツは台無し。背広を脱いだ状態で手当てをしていた。

「『14番のセト、再び騒動を起こす。相手は無職の若者ら5名。1人が重症、4人は軽い怪我を負った』・・・。ったく。ニュースってのは早いもんだっての。いででっ」

「なんだ、このニュースは。まるで私が悪いみたいじゃないか」

セトは腕を組みながらテレビを睨みつけた。

「・・・あのな、セトさん。幾ら向こうから喧嘩売ってきても、買っちゃいかんよ。ただでさえ悪いイメージが定着しちゃってるんだからさ。こういうちいさないざこざでも影響は大きいですよ?」

「・・・それより、忠勝なんでそんなにボロボロなんだ?いつの間にかあそこいたしさ。何してたんだ」

セトの今更な発言と自分の影の薄さの両方に肩を落とし、本多は頬に絆創膏を貼りながら言った。

「・・・アンタがまた急に消えて、探してたら無意味な喧嘩してんの見て慌てて止めに入ったんですよ。したらしたでアンタに殴られるわ踏まれるわでこんな結果だ。・・・ていうより、セトさんこそなんでそんな無傷なんですか?明らか殴られてましたよね?なんで被害者のほうが重症なんですか」

「私は怪我なんかしない」

サラリと言ってのけるセト。本多はそういえば毎回そう言ってるなと思いながら違う場所に絆創膏を貼る。

『酷かったですよ、もう』

テレビで顔にモザイクがかかる女性が、現場の印象を言っていた。

『こう、急に殴りかかってもうウワーって。ええ。どーんていう大きな音が凄い響いてました。怖かったです』

「こういう奴はテレビに出ないほうがいい。小学生みたいな感想言って現場の状況がほとんど分からない」

ため息をつくことしかできない。セトが載る記事といえば、先ほどのような喧嘩や騒動だけ。それ以外は載ったためしがない。

ホント、たまには魔女らしいことをしておかないとどんどん信用がなくなるってのに。

「いいですか」

本多は咳払いすると先ほどセトに教えるはずだった事項を言い出した。

「とりあえずこの後、設置された正義会議に必ず、必ず!出席してください。途中で逃げるのも、寝るのもナシで!アレだけはちゃんと聞いててください、お願いですから!」

「・・・嫌だ。面倒くさい」

「面倒の一言で済まさないで下さいよ、大事な仕事なんですから。・・・で、その後はニユさんと一緒にお仕事をやってもらいます。仕事内容はニユさんが知ってっから彼女から聞いてください。で、そのお仕事が終わったら・・・」

「・・・なんで私がそんなにしなくちゃならない」

「そんなの、アンタが魔女の一番上にいるからでしょ」

「私はやるなんて言ってないぞ」

「でもリギさんの遺書にそう書いてあったし・・・」

セトは怪訝そうな顔をした。そして、破棄捨てるように言う。「・・・死んだ奴の言うことなんて律儀に聞くなよ」

セトの言葉に、本多は挑むように言った。

「・・・アンタ、何てこと言うんだ。アンタは、リギさんの、親友だろッ?どうしてそう言えるんだ」

「・・・行く」

セトは応えずに立ち上がると、扉を開けた。本多は手を止めて、思わず立つ。

「お、おい、ちょっとアンタ!」

「正義会議、出るよ」

「・・・」

「出れば、いいんだろ」

物分りがいいというわけではない。

ただ、本多にはどうも引っ掛かる部分だけがあった。

セトさんは、リギさんの話を嫌がるな。それだけ親友の死が辛いってことか?いや、ならあんな言い方、普通はしないはずだが・・・。

深追いする必要はないと悟り、本多は資料をまとめ、持ってきていた新しいスーツに身を包むとセトの後を追った。